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2010/05/16

連載 撮影回想 8 「ロケ地再訪 ー 新神戸大プール ー」


連載 撮影回想 8 「ロケ地再訪 ー 新神戸大プール ー」

関西に帰る機会があったので、『にくめ、ハレルヤ!』のロケ地であった「新神戸大プール」に行ってみた。「新神戸大プール」は阪神淡路大震災の影響で営業を停止し、撮影当時はすでに廃墟だった。ロケ場所を探していた時にたまたま見つけ、担当の方に連絡をとると「もうすぐ取り壊されますので・・・」ということだったので、「これは絶対に撮っておかなくては!」とロケ場所に決めた。



そんなわけで、今はもうなくてっていることはわかっていながら、「新神戸大プール」に行ったけど、あまりの面影のなさに驚いた、というか呆気にとられた。「新神戸大プール」は担当の方の言葉通り取り壊されていて、その跡地には「カインズホーム」というホームセンターが建っていた。

「新神戸大プール」の跡地にできたカインズホーム


カインズホーム屋上駐車場から
 

映画を撮るとき、個人的には「場所」がとても大事なものになっている。
書かれたシナリオのための「場所」ではなく、「場所」からどんな映画が生まれるのか、そういう考え方をすることが多い。特に「変わっていこうとしている場所」に惹かれる。

場所にはそこに関わった人の記憶が重層的に積み重なっている。新神戸大プールが運営していたころ、ここで遊んだ記憶を持っている人もたくさんいると思う。撮影当時はすでに廃墟だったが、運営当時の水しぶきと歓声を想像する事もできた。震災が起きて、その歓声が悲痛な叫びに変わったのも想像できた。でも、カインズホームになった「新神戸大プール」からそれを想像するのは難しい。今はもう撮れない。

今回改めて「新神戸大プール」にいってみて、今後も、今まさに変わろうとする場所から消えていこうとしている声や音に耳をすまして、映画を撮っていければと思った。

撮影当時の「新神戸大プール」 『にくめ、ハレルヤ!』本編より

次回は、「新神戸大プール」を訪れた日に同じく再訪したロケ地「芦屋市・涼風町」の写真を掲載します。最終回です。

板倉善之

2010/05/01

連載 撮影回想 7 「藤本七海」




「藤本七海」

『にくめ、ハレルヤ!』沙樹役の配役には相当悩んだ。

関西の事務所にお声がけして数十名の子役の方にオーディションに参加頂いたが、多くの方が「事務所で自己紹介はこうしようとかアドバイス受けて練習してるんだろうなぁ」というのが透けて見えてしまい、こちらが醒めてしまうばかりだった。では全く経験のない素人でいいんじゃないのかと言うと、今回の場合はそれでは難しいとも思い、なるべく経験があり、かつ、あまりかしこばってない方に出会いたくオーディションを繰り返していた。

そして、何度目かのオーディションで出会ったのが藤本七海さんだった。プロフィールに目を通すと「天才テレビくんにレギュラー出演」と書かれてあり、「相当慣れてるんだろうな」とちょっと不安になりながらも自己紹介をして頂いた。

それを見ただけで、藤本七海さんは他の方とは異彩だった。

他の方と同じように訓練された自己紹介だったかもしれないが、それを見てる方に感じさせず「藤本七海さんってこういう人なんだぁ」と素直に思わせられた。自己紹介を完璧に「演じていた」ということだったのかもしれない。エチュードなどをやってもらっても全く臆する事なく演じて、エチュードの相手を驚かせていた。

そのあまりの達者ぶりに、正直「こんな達者な子でいいのか・・・」と悩まなかったわけではないが、やはりお会いした中ではピカイチに魅力的だったので出演をお願いした。

撮影がはじまっても藤本七海さんの魅力は変わらず、映画初出演とは思えない堂々としたものだった。

こんなことがあった。

ある日の撮影の合間に藤本七海さんが「細木数子」のモノマネを始めた。「10歳の女の子が、なんて渋いモノマネをするんだ」と驚いていると、1人の女性スタッフが藤本七海さん扮する「細木数子」に恋愛相談を持ちかける。「細木数子」はその恋愛相談に大人顔負けのするどい回答をズバズバだして、女性スタッフをはじめみんなの度肝を抜いた。

無邪気さと大人っぽさとが混在してて、それが演技なのか素なのかもはやわからなくなって、スタッフみなが藤本七海さんに魅了され、「この子は将来すごい女優になるんじゃないか」と期待した。

藤本七海さんは『にくめ、ハレルヤ!』に出演後、『子猫の涙』や『カンフーくん』に出演し、それらの中でも抜群の存在感を発揮していた。昨年のNHKドラマ『チャレンジド』ではそれまでの「かわいらしさ」を押し出したものだけじゃない、込み入った人物を演じていた。

これから藤本七海さんがどうなっていくのか本当に楽しみだし、初出演作として『にくめ、ハレルヤ!』で出会えたのは、僕としては本当に幸運だったと思う。


撮影時の藤本七海さん。

本編からのキャプチャスチール

2010/04/15

連載 撮影回想6 「CO2同期の吉田浩太監督」


「CO2同期の吉田浩太監督」

『にくめ、ハレルヤ!』は「CO2」という映画祭の企画制作部門という、大阪市の助成を受けて制作した映画だが、そのCO2で同じ年に映画を制作した監督の中に現在公開を間近に控えた『ユリ子のアロマ』の吉田浩太監督がいた。

契約書をかわすために訪れた大阪市の市役所で初めて顔を合わせたが、当時すでに「シャイカー」という映像制作会社で勤務していた吉田監督は、立派に社会人というか、大人な印象があった。

契約の場で助成を受ける監督たちの過去作のDVDをもらった。吉田監督の映画は『象のなみだ』という短編作品で、「動物園に出かけたカップルが、彼女が彼に妊娠を告白したことですったもんだする」という内容で、当時、同じように彼女が妊娠した僕にとってかなり痛くつきささるものだった。聞けば吉田監督の実体験をベースに映画にしたようで、なんだか妙な親しみも感じた。

お互いCO2で映画を完成させてからしばらくして、僕は出演した映画『青空ポンチ』が「ゆうばりファンタスティック映画祭」という映画祭で上映される事になり、映画祭に出席することになった。事前にもらった上映ラインナップを見ると吉田監督の名前があり、「CO2」以来会っていなかったし、また「CO2」ではゆっくりと話もできなかったので、再会できることを楽しみの1つに映画祭に出かけた。

しかし、映画祭会場で吉田監督が若年性脳梗塞で入院されているという知らせを聞く。手術が成功し回復に向かっているということも同時に知ったので、ひとまずは安心したが、なんとなく「映画撮るのはもう難しいよな・・・」と思った。

映画祭から帰ってしばらくして、吉田監督からメールがきた。体調もかなり回復していることと、さらにそこには新作を撮るという意味で「復活します」と書かれていた。「脳梗塞から復活して映画を撮ったといえば大島渚『御法度』思い浮かんだが、脳梗塞という病気に対してなんとなくの知識はあるが、実際それが自分のふに降りかかった時のことなんて想像しがたく、とにかくめちゃくちゃ大変なんだろうなぐらいにしか想像できたなかった。ましてや映画を撮るなんて・・・「復活します」の言葉は正直信じがたかった。

しかし『にくめ、ハレルヤ!』公開に向けてあれこれ動き始めた昨年末頃に、『にくめ、ハレルヤ!』で美術とスチールを担当した内堀義之から「吉田監督の新作にスチールで入るんですよ」という話を聞く。

そして先日、内堀が撮ったスチールが使われた吉田監督最新作のチラシを手に取った。
吉田監督はホントに「復活」した。負けてられないなと勇気づけられる。

CO2当時。大阪市役所の前で。右端が吉田監督(CO2HPより転載)

吉田浩太監督の新作『ユリ子のアロマ』
5/8〜 渋谷ユーロスペースにて
公式サイト|http://yurikonoaroma.com/

文:板倉善之

2010/04/01

連載 撮影回想 5 「フェスティバルゲート」


「フェスティバルゲート」

先日、『にくめ、ハレルヤ!』のロケ地であった「フェスティバルゲート」のそばを通りかかり、どんな様子かと中をのぞこうとしたが、入り口のシャッターが下ろされ入る事ができなかった。



関西にゆかりのない方にはあまり馴染みないかもしれないが、「フェスティバルゲート」というのは大阪市にあった娯楽施設のこと。「あった」というのは、今では管理会社が倒産し、大阪市が200億円の赤字を補填するなどの延命措置がとられたがふるわず、結局ほとんどのテナントとアミューズメントは撤退(路面に面したサンクスだけが営業している)。大阪市は土地建物の売却を開始し、昨年パチンコで有名な㈱マルハンが14億2000万円で落札(ちなみに開業時の総工費は約500億円)、総事業費55億円で2013年6月に開業予定だそうである。

フェスティバルゲートのそばにはJR環状線・今宮駅があり、線路を挟んだ反対側には日本一の労働者街・釜ヶ崎の街が広がっている。フェスティバルゲートが開演してまもない僕が高校生だったころ、電車で今宮駅を通り過ぎると、一方には親子連れがフェスティバルゲートに集まり、もう一報には職安に労働者が集まるという矛盾した光景がいっぺんに飛び込んできて強烈な印象を残した。

↓釜ヶ崎側から。奥のジェットコースターのある建物がフェスゲ。


撮影当時はすでにフェスティバルゲートはほとんどの店舗が閉店し、かわりにいくつかの文化系のNPO法人が運営していた。閉鎖までの秒読み段階だった。(NPO法人の1つ「cocoroom」でも撮影させていただいた。「cocoroom」は場所を変え今でも運営中→ http://www.cocoroom.org/


映画の中のフェスティバルゲート








文:板倉善之

2010/03/15

連載 撮影回想4 「撮影最終日」


「撮影最終日」

早くも最終日の話題。
12月12日にクランクインして14日目の12月25日のクリスマスにクランクアップ。間に撮休が3回あってトータル11日間の撮影。制作部の粋なはからいで24日のクリスマスイヴも撮休になっている。

というか、この24日の撮休は僕から制作部にお願いしていた。
翌25日の撮影は映画のラストシーンのみの撮影で、それに向けて集中力を高めたい!というのも、「クリスマスイブはスタッフみんないろいろあるだろうし」ということを考慮したというのも嘘で、ただ単にラストシーンのプランを決めかねていたのが正直なところ。言い訳をすると、ロケ場所をなかなか決めることができず、結局撮影中までロケハンが続いたのが原因といえば原因だが、これも自分の優柔不断さからきたもの。

ロケ場所はいくつか候補があったが、結局最初の撮休で見つけた芦屋の人工島に決めた。住宅の建設がすすめられていて、道路だけできていたがそれ以外はほとんど空き地のままで、遠くに芦屋の街が見えるというロケーション。多分、撮影がすこし前後していたらこのロケーションはなかったし、撮影する事自体無理だったかもしれない。その点ラッキーだった。


空き地の向こうにマンション群。

このロケ地を得て、シナリオ9ページ分を1カットで撮るというプランを採用。
撮影当日は朝から14時くらいまで段取りをやっていた。その段取り中、主演の苧坂くん(裕人役)が車にはねられるという際に、道路に頭を思い切り打ちつけてしまった。当然実際に車にはねられるわけではないが、カメラ側から見ているとそう見えるので、苧坂くんが倒れ込んだ時にはホントにぶつかってしまったのではないかとヒヤッとした。しばらく動けず、その日の撮影は中止にすることも検討されたが、苧坂くんは「できますよ」と断固ゆずらない。草食系男子とか言われる外見かもしれないが、実は芯が野太い。おかげで撮影は続行。


休憩時の苧坂くん。


テスト中。(左)苧坂くん(裕人役)、(右)長綾美さん(明子役)


カメラで遊ぶ藤本七海さん(沙樹役)


劇中車と西村仁志(徹役)


(左)渡辺大介さん(安田役)、(右)デカルコ・マリィさん(昭二役)


撮影スタッフ

沈んでいく太陽を気にしながら、なんとか予定していたカットを撮り終える。
片付けを終えた頃にはすっかり日が暮れていた。

そして、撮影中にたまった何だかんだを爆発させるため、クリスマスで賑わう大阪の街になだれこんだ。

打ち上げ時の写真を掲載しようと思ったが、美術とスチールを担当していた内堀義之(俗称|ボリ)は打ち上げ番長でもあるので撮影どころでなかったために写真があまりないのと、あっても映っている人の今後に著しく影響する恐れがある写真ばかりなのでやめておきます。

変わりにこの日撮ったシーンからのキャプチャスチール。






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撮影日|2005年12月25日(日) 撮影14日目
ロケ場所|芦屋市 涼風町
撮影シーン|S#53
出演者|苧坂淳 藤本七海 デカルコ・マリィ 長綾美 渡辺大介 西村仁志
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文:板倉善之

2010/03/01

連載 撮影回想 3 「美術」


「美術」

大学時代、粗大ゴミのでる日はよく大学周辺をうろついた。
映画の美術に使えるものをタダでゲットするというのが大義名分で、映画の制作シーズンになると夜な夜な粗大ゴミ争奪戦が繰り広げられていた、かどうかはあまり覚えてないが、友人の家に元粗大ゴミのカッコいい机が置かれていた時は妙なくやしさがあった。
片田舎でおくる大学生活の単なる暇つぶしだったかもしれない。

『にくめ、ハレルヤ!』は、そんな大学生活から抜け出して数年後に撮影した映画だが、「欲しいな」と思った美術道具を全てお金で解決できるほどの美術予算はなかった。そんな中で美術を担当してくれたのは、大学時代やはり最初に書いたように粗大ゴミを漁りながら数々の映画美術を成立させてきた内堀義之(俗称:ボリ)という同じ大学の後輩。

一つよく覚えているのは、彼と『にくめ、ハレルヤ!』の準備中、車で大阪市内を走っている時のこと。急に「止めて下さい」と車をとめて、まっすぐ電柱の下に捨て置かれたゴミの固まりに駆け寄り、大量の卵パックをもって戻ってきた。「これ使えますよ」と誇らしげだった。

そして、それは下記のように使用された。
主人公・裕人の部屋の美術記録写真。壁に貼付けてあるのが、その時の卵パック。音楽をやっている設定だったので、防音用に使用しているという体で使用された。撮影後、この卵パックは裕人を演じた苧坂くんが自宅の防音に使うと言って持ち帰った。

この写真の反対側はこんな風。
彼女と同棲している設定なので、女性が暮らすような雰囲気も。
左上にかかっている絵は、美術助手だった岡藤真衣さんが書いてくれた。
岡藤さんはこのブログで漫画を連載している。

この部屋での撮影。真ん中の女性は、主人公の彼女・明子役の長綾美さん。

この部屋以外に、「某NPOの事務所で、今ではあまり使用されていない」という設定の部屋なんかも作りこんでくれた。雑然と散らかる品々はどこからやってきたのか。

この写真手前に映っているのは、椅子の上に乗せた反対にした椅子の足の部分。これを見た僕が思わず言った「虫みたい」という発言にボリが異常に反応し、その後の撮影中、彼は事あるごとに「虫みたい」と連呼していた。当時は小学生男子が「ムシキング」に熱中していた頃だったかもしれない。

今ではゴミを捨てるにも何かとややこしく、お金をとられたりするケースもあるので、大学時代のような粗大ゴミ漁りも難しいのかもしれない。 あんまりやりたくないけど。

文:板倉善之

2010/02/15

連載 撮影回想 2 「撮影初日」


「撮影初日」

初日のことを正直あまり細かく覚えてないので、撮影時の資料を頼りにする。


撮影時の香盤表(※1)を見てみると初日は大阪・上本町にある吉野旅館を借りての撮影。ロケ地の移動もなく撮影シーン数は6シーンとスケジュール的には割と軽め。多分制作部が「初日だし」ということで、こういうスケジュールにしてくれたのだと思う。

続いてスクリプト(※2)を見返すと

「3階の窓から沙樹(藤本七海)が放り投げた荷物を下にいる裕人(苧坂淳)が受け取る。 3階から沙樹がおりてきて、裕人と歩いていく。」

というカットを何十テイクも撮って翌日苧坂くんが腕に青あざをつくっていたり、その撮影中、

「あ!テレビ戦士(※3)の七海ちゃんや!」

とはやす中学生グループに無駄にイライラしたり、ということなんかが思い出されるが、なによりこの日 S#26 を2回撮っているのが気になる。

日々スケ(※4)だとこの日の撮影順は

S#26 → S#30 → S#33 → S#27 → S#25 → S#34

S#27 はオミット(※5)している。
それはいいとして、スクリプトの実際の撮影記録を見ると

S#26 → S#30 → S#33

と撮影して、もう一度 S#26 を撮っている。

これは撮り残しがあったわけでなく、 S#26 のカットをまるまる撮り直している。スクリプト備考欄には「照明つくり直しのため」とある。
たしか、出演者にあたる光の設定として「洗面所からもれる光」というのを照明で作っていたが、次に同じ場所で撮影した S#30 ではその照明をなくした。「S#26も照明ない方がよかったのか」とどこかでひっかかりながら S#33 撮影し、その後に S#26 を撮り直した、とスクリプトを見るとそういうことだったように思うのだが、とはいえ1度はOKを出していたわけで、じゃあそのOKは何だったんだ?ってことになる。

照明がある S#26 撮影中の現場スチール

左端に映るのが洗面所。そこからの光がもれている設定で出演者に照明を当てていた。

撮り直した S#26 と同じ照明の S#30 撮影中の現場スチール

当然のように撮影したカットに対して「OK」とは監督である自分以外誰も言わない。たしかにこのカットは照明の感じが何か違うな、と考えたのは思い出せる。洗面所の照明があると画がベタッとして嫌だったのだが、ではなぜベタッとしてるのが「違う」のか。その「違う」を明確に説明できた覚えはない。どこかで感覚的なものに頼っていたかもしれない。

映画の現場を離れても「なんかいいじゃん」とか「よくわかんないけど好き〜」みたいなことを耳にしたり、また自分でもいったりすることがあるが、これは感覚的なものをよりどころにした言葉だと思う。あらゆることを言葉で正確に捉えたいわけではないけれど、感覚的なものに頼りすぎるのは危うい。最近、感覚的なものの危うさ、というのをとっかかりに映画の企画ができないかと考えていたりもする。

撮影したカットからのキャプチャ・スチール S#26

撮影したカットからのキャプチャ・スチール S#25

撮影したカットからのキャプチャ・スチール S#33

この日撮影にご協力いただいた吉野旅館をご紹介。

「吉野旅館」
大阪天王寺区にある宿泊施設で、1人利用で1泊6,300円。2人利用で1人あたり4,800円、さらに3名利用で1人あたり4,300円とリーズナボー。都心にも近くビジネス、観光に最適。来阪の際は要チェック。
住所|大阪市天王寺区上本町8-4-18
TEL|06-6711-4164
FAX|06-6711-6362
HP| http://www.cacgr.com/yoshino/index.htm


□注釈
※1 香盤表…全体の撮影スケジュールや、どの日にどこでどのシーンを撮影するかとか、誰が出演するのかがわかる表。

※ 2 スクリプト…撮影カットのOK/NGはもちろん、カメラ内に映っている小道具やら衣装やらありとあらゆるモノを記録したもの。撮影時にこれがないと、 「あれ?さっきのカットってリモコンは人の右側にあったっけ?左側だっけ?」みたいなことで困る。編集時もこれがないとつらい。
この仕事をする人が スクリプター とか 記録 とクレジットされる。
『にくめ、ハレルヤ!』の記録担当は、京都・木屋町のジャズバー・JAZZ IN ろくでなしのドキュメンタリー『ろくでなし』を監督した園部典子さん。

※3 てれび戦士…NHKの番組「天才てれびくん」に出演する子役をこう呼ぶ。当時、藤本七海さんは「天才てれびくんMAX」に出演していた。

※4 日々スケ…その日ごとのスケジュール表。一般的にこう呼ぶかは知らない。

※5 オミット…除外すること。この文中の場合 S#27 がシナリオから消えてなくなること。つまり撮影してない。

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撮影日|2005年12月12日(月) 撮影1日目
ロケ場所|吉野旅館
撮影シーン|S#26 S#30 S#33 S#25 S#34
出演者|苧坂淳 藤本七海 森川法夫
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文:板倉善之

2010/02/01

連載 撮影回想 1 「雪の日」








「雪の日」

今朝、寒さで目が覚めた。外にでると雪が積もっていた。そらさぶいわ。大阪では雪にあまり馴染みがなかったが、東京は結構降ってる印象がある。

雪といえば、神戸での撮影時に大雪だった日があった。雪のあまり降らない大阪、神戸での記録的な降雪量だったらしい。それまで自作の撮影や応援に行く撮影現場で度々雨が降っていたりしたので、いつしか「雨男」ということになっていたが、この日ばかりは自分の業?のようなものを確信した。

雪狙いの撮影ではなかったが、せっかくなので撮影した。



ロケ地到着。



犬のようにはしゃだ、のか。犬ってなんで雪ふるとはしゃぐんだろ。



この日のキャスト 主演の苧坂淳さん と



渡辺大介さん と



藤本七海さん。



ぼちぼち撮影。



この日の撮影したカットからのキャプチャ・スチール

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撮影日|2005年12月22日(木) 撮影11日目
ロケ場所|神戸大プール(撮影時廃墟)
撮影シーン|S#49 S#44 S#45 S#46 S#47 S#48
出演者|苧坂淳 藤本七海 渡辺大介
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文:板倉善之